美味しんぼの主人公は栗田ゆう子
まず「ドラえもん」の話をしよう。
「ドラえもん」の主人公はドラえもんなのか、のび太なのか、という問いはその人の主人公観が表れる。
ドラえもんと答える人は、タイトルにドラえもんと入っているのだからドラえもんの主人公であると言うかもしれないし、のび太と答える人は読者が感情移入する対象がのび太なのだからと言うかもしれない。
「主人公」という言葉の辞書上の定義はさておき、読者それぞれの定義で作品の主人公というものは決められるものであるし、誰が主人公かを語るのも作品の楽しみの一つであると思う。
こういった話にまつわるもので Quora に「最も誤解されている映画は何でしょうか?」という質問がある。
ダントツで高評価を得ている回答にはこう書かれている。
マトリックスはこの男の物語ではありません。
彼はただの駒です。
マトリックスはこの女性の物語です。すべてはこの女性についての話なんです。
つまりマトリックスは、キービジュアルに描かれた上に派手なアクションを行うネオの物語ではなく、オラクルがアーキテクトに抗う物語である、と。
この回答を見たうえでマトリックスをもう一度見てみたが、あまりマトリックスがオラクルの物語という説に納得がいかなかったし、「誰の物語であるか」がそのまま「主人公であるか」に当てはめられるものではないと思うが、この観点は主人公を決定する大きな要因であることは間違いない。
このマトリックス理論で言うと、少なくとも「ドラえもん」はドラえもんの物語ではないし、ドラえもんを送り込んできたセワシの物語ということになる。
が、セワシは先祖の結婚相手を変えるというとんでもないことをしでかそうとしているが、自分自身を消して世界を再構築するようなスケールの大きい話ではないし、彼の表現によれば東京から大阪に行く乗り物を変える程度のことらしいので、そのちっぽけさからするとやはりセワシの物語とは言い難い。
複合的に勘案すると、「ドラえもん」は基本的にのび太を起点とした物語が毎回展開され、セワシの画策とは直接関係ないドタバタやのび太の成長が見どころなのであるから、やはり主人公はのび太だと思うのだ。
もう一人の主人公候補であるドラえもんを主人公にしてしまうと、AKIRA の主人公もアキラになってしまうので、やはりここはのび太を推したい。
と、ここまでが前置きで、本題はタイトルに書いてあるとおり「美味しんぼの主人公は栗田ゆう子」である。
まず、美味しんぼの主人公は山岡士郎と思われがちである。
父であり強大な敵(?)でもある海原雄山とやりあうのが山岡士郎なのだから、主人公は山岡士郎に違いない。
そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
しかし何度も美味しんぼを読み返していると、もしかして主人公は栗田ゆう子なのではないかという疑いがだんだんと確証に変わってきた。
まず、美味しんぼの第一話は新入社員である栗田ゆう子の出社シーンから始まる。
出社シーンにしろ、登校シーンにしろ、第一話で誰かの「始まり」が描かれていた場合は、かなり主人公判定の説得力が増す。
(「ゆるゆり」の二巻のあとがき漫画でも、作者であるなもり先生は「実は京子が主人公だと思ってました 5話目くらいまで」と述べたあとに、担当編集者に「主人公 あかりですよね?第1話での登場のしかた的に」と言われ「たしかに!!」と思ったエピソードが描かれている)
さらに栗田ゆう子はストーリーテラーでもある。
四角い吹き出しでモノローグとして語られる内容は多くの場合は栗田ゆう子のものである。
ストーリーテラーがすなわち主人公というわけでもないが、モノローグが誰視点で描かれているかは「誰の物語」かを判断する重要な要素だ。
加えて栗田ゆう子は三段ぶちぬきで晴れ着姿の登場をしている。
ほとんど多段ぶちぬきが採用されない美味しんぼの中で、栗田ゆう子は第21巻収録の「穏やかなご馳走」の冒頭で三段ぶちぬきをカマしているのである。(正月の晴れ着だとだいたい多段でぶちぬいている)
これはもう主人公… いや、これはただヒロインだから三段ぶちぬきしているだけかも。
だってラブコメ漫画とかでも主人公はぶちぬかないけどヒロインはぶちぬきまくるし…
これはナシ!なかったことにして!
さて。
そして最後に、一般的に美味しんぼという作品からイメージされる山岡士郎と海原雄山のバトルやグルメ人情噺というのはあくまで序盤の主軸であって、現在は111巻まで存在しているものを俯瞰してみると、栗田ゆう子が山岡士郎と海原雄山を和解させるために奮闘する物語が作品全体の主軸なのだ。
究極と至高の対決も、途中から栗田ゆう子が二人を和解させるための手段として利用されていくばかりだ。
栗田ゆう子について改めて整理してみよう。
山岡士郎が序盤からある程度の完成された味覚や料理スキルを身につけているが成長らしい成長をほとんどしていない(なんなら以前に上手くいった手段を忘れたりする)一方で、栗田ゆう子は第一話ではグルメのことはほとんどわからないものの鋭敏な味覚を発揮し、食材や料理の知識も身につけ、究極と至高の対決では山岡士郎なしで勝利し、そして山岡士郎と海原雄山の和解という作品中の最大目標を達成。
物語は彼女の出社シーンから始まり、モノローグからもわかるように物語は彼女視点で展開、 そして三段ぶちぬきの晴れ着姿 。
栗田ゆう子を主人公と言わずして、誰を主人公と言えるか。
美味しんぼの主人公は栗田ゆう子!!
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というわけで美味しんぼの主人公は栗田ゆう子ということがわかっていただけたと思うので、次回はジョジョ第四部の主人公は東方仗助なのか広瀬康一なのか、はたまた吉良吉影なのかという話をしますか(たぶんしない)