ウェブページの魅力
しばらく前のブログの記事 でこんなことを書いた。
これからブラウザの AI 機能が拡充していったら、もっと精度の高いリーダーモード(広告はなく、フォントは統一され、必要な画像は正しく表示され、ページ分割はまとめられ、冒頭には要約があり、ナビゲーションは最下部にまとめられ、無限スクロールはない)が登場して、ほとんどの人がオリジナルのページを見なくなりそうな気もしている。
これは特に現実感を持たずに書いていたけれども、よく考えてみると、これは現時点のテクノロジーでじゅうぶんに実現可能な気がしたので、試しに実装してみた。
その名も kanso (簡素)。
kanso はブラウザの拡張機能だ。
ページを表示しているときに拡張機能のボタンを押すと、まず mozilla/readability によって見出しと本文だけが表示される状態になる。
ここまでは一般的なリーディングモード(リーダーモード)の機能だ。
さらに裏では OpenAI API にリクエストが送られており、mozilla/readability がうまく抜き出せなかった部分や、ノイズとして拾ってしまった箇所を修正して本文を差し替える。
これが冒頭で言っていた「AI 機能が拡充していったら」の部分だ。
ついでにページ分割されていたら結合されるようにもしてみた。
これでいくつかのサイトをブラウジングしてみたところ、あまりネットサーフィンが楽しくない。
インターネットのワクワクする部分を削ぎ落としてしまった感じだ。
OpenAI API が結果を返してくれるまで数秒かかるので待たされる、とか、X の埋め込みの部分がうまく表示されない、というのも問題の一つではあるが、それ以上に、見た目が地味だ。
リーディングモードが複雑なレイアウトや装飾を取り除いて可読性を上げてくれるというのは確実に便利なので、俺もこれからお世話になるかもしれない。
でも本文だけがページのすべての要素ではないはずだ。
例えばノベルゲームをやっている人が「このゲームは物語がメインで、それが良くて…」と言うのに対して「じゃあ、テキストウィンドウだけ見ていればいいじゃん」と返す人がコンテンツを理解できていないように、メインの部分があればそれ以外が要らないというのは短絡的すぎる。
メインである物語が良く、それに加えてグラフィックも魅力的で、それを支えるサウンドが三位一体となっているのがノベルゲームの魅力のはずだ。
ウェブページも同じだ。
ウェブページを開いたとき、やわらかい色使いのサイトであれば「なるほど、これを書いている人はこんな雰囲気なのだな(もしくはそれをめざしているのか)」となるし、廻るドクロの GIF 画像があれば「ちょっと悪そうな方面だな」となる。
読んだ後に著者ページがあればどんな人が書いているのかなと見に行くし、ハイパーリンクとスタイリングによる総合的な表現が個人でできるようになったのがワールドワイドウェブじゃないか。
美味しんぼ59巻収録の「マルチメディアと食文化」のエピソードの中では、インターネット(ホームページ)をこう表現している。
山岡「ま、かんたんに言うと、コンピューターの中につくった客間かな」
客間の目的というのは、たとえばその家の人と話すことが中心かもしれないけれども、棚に飾ってあるものや、紅茶がどんなソーサーで出てくるのか(まさか真空タンブラーじゃないよね。ウェッジウッド?それともロイヤルコペンハーゲン?)というのも、訪れる楽しみの一つであるはずだ。
ウェブページの魅力のひとつは、きっとそういうところだ。
え、このブログはリーディングモードでもほとんど表示が変わらないって?
そうだよ。
このブログは、ウェッジウッドでもロイヤルコペンハーゲンでもなく真空タンブラーで紅茶を出すところなんだって、見た目から伝わるといいな。